ゆとりの「頑張りたくない」

推しと酒には酔って然るべし

【考察】ヲタクとマスターの付き合い方①

 

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あんにょん!オリヴィアです!

いつもは「アイドルかわいい」「アイドル尊い」みたいなことしか書いていない当ブログですが、今回は少し趣向を変えてみたいと思います。

K-POP沼に足をとられて早半年…10年以上J帝国のヲタクとして生きてきた私にとって、この界隈の文化はどれも新鮮で刺激的なものでしたが、特に驚いたのが「マスター」の存在。

彼らの存在はグレーだとされつつも、見て見ぬふりをするにはあまりにも存在感がありすぎる。そんなK-POP「マスター文化」について色々考え悩んだ結果、現時点での自分の立ち位置がだいぶ定まってきたので、記録も兼ねて考察記事を書きたいと思います。

それでは本題です!

注意

この記事は個人の主観による考察記事となっています。

特定の誰かを批判したり、「マスター」の存在を否定する趣旨のものではなく、あくまで私個人からみた「マスター」の姿と、私個人の「マスター」との付き合い方を記述するものです。

以上のことを了承の上、記事をお楽しみください。

そもそもマスターとは

マスターといえど、その活動形態は多種多様。なので、最初に私のいう「マスター」がどういう存在を指すのか定義づけることから始めてみたいと思います。

マスター=ホームページマスター

これが最も一般的かつ抽象的な定義ですが、マスターはホームページマスターの略です。(なので本国での略称はホムマ)

ホームページに掲載する内容は後述しますが、この一番抽象的な定義だと「好きなアイドルのファンサイトを作成・管理し、それを同じアイドルを応援する人に向けて公開する人」=「マスター」だと定義づけられます。

もっとも、現在のマスターはファンサイトを開設せずSNS(主にTwitter)で活動する方も多いみたいなので、上記の定義を修正し「好きなアイドルのファンサイト・ファンアカウントを作成・管理し、それを同じアイドルを応援する人に向けて公開する人」現在の定義(広義)としましょう。

マスター=写真を撮る人?

K-POP沼に足を踏み入れたらまず目にするもの、それはアイドルがパフォーマンスする姿を捉えたゴリゴリに修正されたヤケに画質のよい写真

これらのほとんどはマスターにより撮影され、彼らのファンサイト・ファンアカウントに掲載された写真です。

これらの写真はコンサート中のアイドルの姿だったり、サイン会中の姿だったり、番組出演のためにテレビ局を訪れる姿だったり、出入国のために空港を訪れた姿だったり…公表されているスケジュールには大体そこに「マスター」と呼ばれる撮影隊がいて、スケジュールの数時間後にはSNSのTLがその写真たちで埋めつくされるのがK-POP界隈の日常ですよね。

 

とはいえ、上記のような場所でアイドルの写真を撮り、サイトやSNSにアップする人全員が「マスター」と呼ばれるかと言われれば、そうではありません

 

少し話がそれますが、そもそも「マスター」が何故サイトやSNSに自分たちが撮影したアイドルの写真をアップするのか。

この問いに対して、とある元マスターさんが撮影&修正行為を「被写体に対する解釈の具現化」*1と表現したのがとてもしっくりきました。

なるほど、私がブログやTwitterに逐一「今日の推しはああだこうだ」と書き連ねる理由が、まさに解釈や萌えを共有したいという衝動からです。私はこういった衝動を消化するため、日々誰に宛てる訳でもなく文字の羅列を垂れ流しているんですが…「マスター」たちも同じなわけです。

「マスター」たちがアイドルを追いかけ写真を撮り、その写真を自分の解釈に合致する形で修正し、サイトやアカウントにアップして共感を得る…この行為、彼らにとってはブログやツイートと同じ表現行為なんですね。

 

そこで、「マスター」の定義に話が戻るのですが

いわゆる空港の出待ちを狙ってiPhoneで撮影したブレブレの映像や写真…このようなメディアを撮影した人を「マスター」と呼ぶ人は1人もいないと思います。

なぜなら、そこで撮影されたメディアはただ「撮った」「記録した」だけであって、解釈や萌えの共有といったメッセージは何も含まれていないからです。

 

では、普段は現場になんて行かないけれど、たまたまサイン会に行く機会があったので一眼で推しを撮ってみた…このような人を「マスター」と呼ぶか?これもやはりNOでしょう。

なぜなら、いわゆる「マスター」とは空港や出勤時など本来仕事中ではない場所での姿さえもカメラに納めたいという常人にはない撮影に対する執着と情熱を持った人間だからです。そして彼らは撮影したメディアを公開し、共感を得ることへも執着している。そんな「マスター」と「個人の楽しみとして撮影する人々」はやはり区別されるべきです。

 

以上をまとめると、「マスター」とは単に写真を撮る人ではなく、「表現行為としてアイドルを撮影&写真を修正する人」であり、これを上述した広義の定義に当てはめると、「表現行為としてアイドルを撮影&写真を修正し、これらを自ら作成・管理するファンサイト・アカウントで公開し共感を得られることで喜びを感じる人」と定義できます。(念の為いっておくと、マスターを卑下する意図は全くありません)

マスター=非公式グッズを売る人?

結論からいうと、私の「マスター」の定義に「非公式グッズを製造・販売する人」という限定はつけないこととします。

 

というのも、「アイドルを撮影する行為」と「撮影した写真を使ってグッズを製造・販売する」は行為が全く別だと思うんです。

「アイドルを撮影する行為」は基本的にルールに違反する行為*2であるのに対して、「非公式グッズを製造・販売する行為」はアイドルのパブリシティ権を侵害して利益を発生させる行為ですから、行為としての性質が全然違います。

 

無論「マスター」と呼ばれる人達の中で、自分が撮影したメディアを利用して製造販売する人は少なくありませんが、逆に「マスター」でなくとも「マスター」の許諾をとって非公式グッズを製造・販売する例も多いわけで…

「マスター」の定義に「非公式グッズを売る人」という条件を加えるのは、本来表現したい対象からかなり限定されてしまうような気がするのです。

 

よって、私にとっての「マスター」とは、前述の通り「表現行為としてアイドルを撮影&写真を修正し、これらを自ら作成・管理するファンサイト・アカウントで公開し共感を得られることで喜びを感じる人」と定義したいと思います。

 

マスター文化が抱える問題

そもそも撮影は許されていない

当たり前のようにコンサートや空港で撮影されたメディアが出回っているせいで勘違いされがちですが、基本的に日本であろうと韓国であろうとコンサート会場での撮影は禁止です。

また、空港での出入国も、あまりに多くの人が集まるため公認と勘違いされがちですが、多くのファンが集まるような人気グループは大体空港での出待ちそのものを禁止する注意が出されています。ということは当然撮影も禁止です。

 

後述するように、韓国アイドル界において「マスター」という存在がデメリットだけでなくメリットも発生させる存在であるため、黙認という形で見逃されることがあるだけで(見逃されない場合も勿論ある)、決してアイドルの事務所が「マスター」の活動に許可を与えているなんてことはないです。

 

撮影がOKな場所ってサイン会や音楽番組の出勤くらいのように思います(それも個々のサイン会や音楽番組によります)。

撮影行為による周囲への迷惑

いくら禁止されているとはいえ、ルールに反してでも撮影したいという人もいるのでしょう。

 

これは個人的な意見ですが、撮影によって侵害される権利(≒肖像権)はアイドルないし事務所のものですから、「権利侵害だ!」と撮影行為を糾弾するのは、権利を侵害されているアイドルと事務所の役割だと思っています。

よって、「マスター」でもなく「マスター」と何の関わりもないファンはただの第三者であって、ルール違反をするマスターに対して何かアクションを起こす必要がないのかなと思います。そう、何の関わりもなければ

 

実際の現場での話を聞くと、「スタンディングでマスターに肩を三脚代わりにされた」「ただでさえ混み合うスタンディングは戦場なのに、固い一眼が身体に接触して負傷した」「撮影するマスターとそれを制止しようとする警備との言い争いで公演に集中できなかった」等々、現場にマスターがいることでその場に居合わせた「ただのファン」が迷惑を被る状況もよくあるみたいです。

そうなるとただのファンは第三者ではなくなります。この場合の「ただのファン」は自分の利益を侵害された被害者になってしまう。ルール違反をしていない人が、ルール違反をしている人によって迷惑を被る…道理としておかしいですよね?

 

じゃあ上記のような周囲に迷惑をかける「マスター」だけ取締ればいいんじゃないのか?という意見もあると思いますが、そもそもルール違反の行為をしていることは大前提として、スタンディング等自分も思ったように身動きの取れない場所で「迷惑をかけるマスター」と「迷惑をかけないマスター」はどうやって区別して取締ればよいのでしょうか?

 

結局、1番簡単で確実に純粋な「ただのファン」の利益を害さないようにする方法が撮影行為の禁止なんだと思います。

韓国国外での摩擦

先日もKMFというイベントで一部「マスター」と警備が言い争う映像が話題になりました。

これに対して「日本はルールが厳しい」という意見があり、たしかに権利関係について日本が韓国よりかなり厳しいことは間違いない事実ですが、じゃあ日本以外では「マスター」という文化が受け入れられているのかと言われれば、決してそんなことはないと思います。

 

分かりやすい例でいうと、今年のはじめBTSビルボードの授賞式に出席した際に持込禁止のカメラ(大砲)を構えるBTSマスターが批判されそれが炎上に発展、BTSマスターが一斉にCLOSE&RESTしたということがありましたよね。

あの批判(炎上)は決してマスター文化への反発だけを火種とするものではありませんが、持込禁止のカメラをさも当然のように持込む「マスター」は、会場にいた「ただの観客」にとって異質で受け入れ難いものに映っていたことは前述のツイートより明らかですよね。

 

結局のところ、韓国国内ではグレーな存在の「マスター」ではありますが、国を出れば「ただのルール違反者」なわけで…韓国国外での「マスター」文化との摩擦は今後もきっと無くならないだろうなと思います。

 

つづく…

長くなってしまったので2部に分けます。

次回、いよいよ本題のマスターとの付き合い方です(本題までに4500文字)

 

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*1:この表現が出てきたのは今回のテーマとは全然違う文脈ですが…

「被写体に対する解釈の具現化」

韓国人マスターへのインタビューを日本人の元マスターが読み解いてみた(その1) - 愛していると言わせてくれ

 

*2:条例・法律に違反する場合もあります